アニメの私記

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zoom RSS 2017年10月開始のアニメについて(その11)

<<   作成日時 : 2017/12/18 01:38   >>

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「十二大戦」第11話
 原作が西尾維新の作品であるため、前評判が高く、実際のところ、アニメの完成度も高いと思います。オープニング主題歌の歌唱が私の好みではないということだけが不満です。
 物語は、「聖杯戦争」というよりは、同じ西尾維新原作の「刀語」(2010年のアニメ)に近いと思います。
 私は、第10話の感想で、「卯(うさぎ)に操れていた申(さる)の動向が気になるところです」と記述したのですけれども、そうきましたか…
 第10話の時点で喋り過ぎていた丑(うし)が死んだことについては、口数の多い(回想も含む)奴から先に死ぬという法則どおりであったと思います。
 しかしながら、子(ねずみ)の勝因が卯(うさぎ)のネクロマンチストすら凌駕するような特殊能力だったというのは、あまりにも意外でした。

「少女終末旅行」第11話 ○
 一見、「幼女戦記」(2017年のアニメ)のような世界観かと思えるのですけれども、本質的には、「人類は衰退しました」(2011年のアニメ)の世界観に通ずるものがあるように思います。
 前半、ヌコが弾丸を食べることから、生物兵器かと思いきや、後半の描写からは、有機体で構成された携帯端末のようにも思えました。私が第10話の感想で記述した退化した人類ではなさそうに思えてきました。
 途中で登場した強すぎる兵器は、作品世界の謎の核心の一端とも思えるのですけれども、追求せずに先に進む辺りがこの作品らしいと思いました。
 第10話の感想で、「青緑のあの方が登場する伏線でしょうか」と述べた電波で送信されている歌の件は、まだ継続しているようで、おそらくは、それとの邂逅が第1クールの結末であろうと推測します。

「キノの旅 -the Beautiful World- the Animated Serie」第11話 ○
 映像の方は、第10話に続き、気合が入った状態であったと思いました。
 物語の方は、「大人の国」のしきたりの方を支持したくなってしまいました。
 というのはさておき、これがキノとエルメスの出逢いだったとすると、第7話の時点で、エルメスが師匠のことを知らないような言い草だったことについては、何等かの辻褄合わせが必要に思えます。

「牙狼<GARO> -VANISHING LINE-」第11話
 第2話以降、歴代の実写作品の「牙狼<GARO>」を知る身としては、その延長上にあるような作風に思えます。
 第9話〜第10話の物語がよい感じであったため、第11話には、落差を感じました。

「結城友奈は勇者である -鷲尾須美の章-/-勇者の章-」第10話(第11回) ○
 第6回までは、「結城友奈は勇者である -結城友奈の章-」(2014年のアニメ)の前日譚である「-鷲尾須美の章-」、第7回は、「-結城友奈の章-」の総集編、第8回以降は、「-結城友奈の章-」の後日譚である「-勇者の章-」とのことです。
 映像の方は、この作品としては、よい状態であったように思えました。
 物語の方は、結城友奈の身に起きていることが概ね明らかとなったように思うのですけれども、その過程については、あまりに説明的過ぎるように思えました。
 主題歌だけは、オープニング(「ハナコトバ」)も、エンディング(「勇者たちのララバイ」)も、とてもよいと思います。

「宝石の国」第11話 ○
 独創的な世界が現代的な技法で緻密に描かれているように感じます。
 キャラクタだけでなく、画面全体の構図など、従来のアニメとは異なると思えるほどに CG による描写が活かされているという観点で、画期的であると思います。
 物語の方も、登場人物の心情や出来事を描くことが作品の世界観の描写に繋がっているように思える辺りがとてもよいと思います。
 私は、第7話〜第8話の感想で、「毎回、よい意味で、展開が予想できない」とか、「第7話の終盤から、第8話の結末に至る展開は、まさに、まったく予想がつかず、面白い」と記述したのですけれども、第11話も、まさに予想のつかない展開であったと思いました。
 予想外の展開でありながら、作品世界の謎の核心に着実に近づいているように思える辺りが実に上手いと思います。

「ブレンド・S」第11話
 所謂きららアニメです。気軽に楽しめるという観点で、よい作品であると思います。
 A-1 Pictures の制作にしては、丁寧な作風であると思うのですけれども、何が悪いのか、笑いを誘う描写がつまらなく、第11話に関しては、神崎ひでり の「うんこ」という台詞しか印象に残りませんでした。

「鬼灯の冷徹 第弐期」第11話 ○
 制作が変更されているとのことで、作風の相違を感じていたのですけれども、慣れてきたように思います。
 私は、鬼灯自身の話とか、神話や伝承から逸脱したこの作品独自のキャラクタ設定については、それほど面白くないと思っています。
 「家族」は、まさにそのようなエピソードで、今ひとつであったと思いました。
 しかしながら、「地獄の犬」に関しては、大いに笑わせていただきました。

「魔法使いの嫁」第11話 ○
 第10話の感想でも述べたのですけれども、ヒロイン(羽鳥チセ)の視点で描かれている現在の状況よりも、リンデルの回想の方が面白いと思えてしまう辺りがもどかしいです。
 一方、シルキーが鳥の死骸を埋める場面や暖炉に火が点いていない場面は、エリアスが何等かの隠し事をしていることを表しているのではないかと推測するのですけれども、難解であると思います。
 映像の方は、私は、第10話の感想で、「CG の使いどころを間違っていると思えるような場面が印象に残ってしまいます」と記述したのですけれども、第11話に関しては、そのようなことはなく、とてもよいと思いました。
 また、ヒロインを突き放す台詞も含め、ルツの描写がとてもよいと思いました。
 近年、綺麗ではあるけれども、印象に残らない主題歌が多いように思います。今期(2017年10月開始)のアニメで、数年後まで記憶に残りそうな主題歌は、この作品のオープニング主題歌である「Here」だけではないかと思います。

「クジラの子らは砂上に歌う」第10話 ○
 世界観の独創性とそれに根差したかのような登場人物の描写が見事であると思います。
 作風が異なりますけれども、設定に関しては、「新世界より」(2012年のアニメ)との類似性を感じます。
 第10話は、奇妙なほど映像の完成度が高かったように思います。
 私は、この作品の登場人物で、シュアンが最も好きです。また、下品な巨乳のキャラクタが存在しないことは、この作品の長所のひとつであると思います。
 一方、リョダリのようにクソガキの分際で殺人が好きで仕方がないなんぞとほざいているタイプのキャラクタは、作品を問わず憎悪の対象です。第8話で死んだはずのリョダリが生きていたという展開には、非常に失望しました。このようなキャラクタの登場自体が作品全体の印象を悪化させ、作品自体の評価を低下させます。
 本編ではないのですけれども、週刊少年チャンピオンのゲロが出るほど腹立たしい CM は、いい加減やめていただきたいと思います。番組自体を観る気が失せます。
 第9話の時点で謎と思えたことの一部は明かされたのですけれども、泥クジラ(あるいは、ファレナ自体)の過去や泥クジラの人々とサイミアの強さの関係などは、依然、謎のままのように思います。
 物語の流れとしては、リコスの動向が気になるところです。

「いつだって僕らの恋は10センチだった。」第4話
 10年前のアニメのような作風であると思います。
 絵画教室の場面は、よいと思ったのですけれども、その後の展開があまりにも安易であったと思います。ヒロイン(合田美桜)の苦悩は、榎本夏樹や早坂あかり に打ち明ければ解消する程度のことだったのでしょうか。

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